月明かりの下で 後編
「それって・・・」
レイルの言葉の意味する事が分からないほどセシリアも子供ではない。
しかも、今夜は初夜で、密室に二人きりでいる状況も手伝って、少女の心臓がいつにないほどドクドクと早鐘を打つ。
レイルは自分の腕の中にいる小さな花嫁をますます強く抱きしめながら、自らの思いを吐露する。
「俺だって男だ。君を欲しいと思う気持ちは止められない」
ぞくり、と男の熱情に女の背筋が振るえた。
「あ・・えっと・・・」
「君を抱きたい――もう、我慢出来ない」
「えっ・・・ひゃぁ!?」
セシリアが小さな悲鳴を上げるのと、彼女の体をレイルが持ち上げるのは同時であった。
少年は、壊れものを扱うように丁寧に担ぎ上げると、そのままゆっくりと部屋の窓際にあるベッドに向かって歩き出す。
セシリアも目的地が分かると慌てふためいたように手足を動かしたが、レイルはそれをものともせず、
ギシッ
純白のシーツの上に花嫁を静かに横たえた。
「ちょっと待って!」
半分パニックになりながらも、どうにかこの状況を打破しようと、セシリアは身を起こそうとしたのだが、
「待てない」
夫の甘やかな静止で再びベッドに沈んだ。
普段のレイルであればここまで性急に求めはしないだろうが、今は酒で酔っており歯止めが利かなくなっている。しかも、今まで船上に二人で過ごしながらも任務中であると言う意識が邪魔をしてキスも満足にしていなかった。
そんなわけで、今のレイルはお堅く純情な少年ではなく、恋する一匹の狼なのである。
目を泳がせるセシリアの頬を撫でながら、その手を赤く色付いた唇に軽く触れると面白いくらい少女の肩が飛び上がる。
その慣れていない、初々しい反応を満足そうに眺めた後、唇から手を放し、今度は自身のそれを寄せる。
「ふっ・・・ぅん・・」
いつにない深いそれに、苦しげに眉を寄せる花嫁を、喉の奥で笑うと、最後にわざと大きな音を立てて唇を外した。
「やっ・・・レイル・・・!」
隠微な音に羞恥心で目を潤ませる少女の、ほのかに赤く染まる首筋に顔をうずめると、今度はそこにキスを送る。
一度目は軽く、二度目は強く――痕が残るほどに――強く。
唇を離して赤い刻印が刻まれているのを確認すると、目を細めて再び彼女の唇を奪う。
性急な求めに翻弄されるだけのセシリアは抵抗するも、熱い口付けで体の力が入らず全く意味を成さなかった。
そのうちに彼の、意外に大きな手がドレス越しにひそやかな胸に触れ、セシリアは悲鳴を飲み込んだ。
――このままじゃ本当にレイルと・・・!
焦るが、嫌悪を感じる事は無かった。最初の方こそ少し乱暴だったが、彼のキスはとても優しくいつになく情熱的だった。
クールなレイルが酒に酔っているとは言え、これほどまでに少女を求めるのは今まで無かった事だ。好きな相手から求められる事はむしろ嬉しく思うのである。
――それもいいかもしれない。私達はもう夫婦となったのだから。
少し心の準備が足りないが、それはいつになっても同じだろう。だったら初夜と言うこの素敵な記念すべき夜に結ばれるのもいいのかもしれない。
そう心に決め、もう抵抗するのはよそうと目を閉じて身を任せた――はずだった。
「・・・・・・」
「・・・レイル?」
先程からセシリアの肩口に顔を埋めたままピクリとも動かない夫に、閉じていた目を開ける。
恐る恐る肩を揺さぶっても何の反応も返って来ない。
「レイル!?」
慌てて覆いかぶさっていた少年の体の下から抜け出すと、月光の下、彼の顔を覗き込んだ瞬間、セシリアは呆気に取られる。
「・・・寝てる・・・」
セシリアは知らなかった。レイルは酔うと今まで抑えてきた感情を全て吐き出した挙句に、ところかまわず眠ってしまうと言う事を。
「さ、最低!!」
肌蹴た胸元を合わせながら枕を美麗な顔に投げ付ける。
「ちょっと!何なの!?ここまでしておいて今更寝るってどう言う神経してるのよ!初夜なのよ今日は!」
バシバシと枕で叩きながら罵っても少年は起きるそぶりも見せない。
「・・・もういい」
仕舞いにはセシリアも諦め、爆睡している彼の隣で眠る事にした。今更他の部屋を用意してもらい、メイド達の噂になるのも億劫であった。
彼女自身、結婚式や挨拶で心身共に疲れ切っていたのですぐに夢の世界に旅立って行った。
その朝。横で眠るセシリアを呆然と見つめ、頭痛のする頭を抱えて己の記憶を必死に呼び起こそうとしていたレイルがいたとかいなかったとか。
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